楽器が育む!子供の『順序立てて考える力』を脳科学で解説
楽器の演奏は、美しい音色を奏でる芸術的な活動であると同時に、脳にとって非常に複雑で高度な情報処理を伴う活動です。特に子供の脳の発達において、楽器学習は多様な認知能力の発達を促すことが脳科学的な研究によって明らかになってきています。その中でも、「順序立てて考える力」、すなわち順序処理能力は、楽器学習が強く影響を与える重要な能力の一つです。
順序立てて考える力とは何か?
「順序立てて考える力」とは、物事を構成する要素やステップを正しい順番に並べ、その流れに沿って理解したり実行したりする能力を指します。これは、単に暗記した順序をなぞるだけでなく、新しい情報に対して適切な順序を見出したり、複数の情報を論理的な流れで関連付けたりする認知機能の根幹に関わる力です。
この能力は、日々の学習や生活において非常に重要です。例えば、
- 算数で計算問題を解く際に、正しい手順を踏む
- 国語で文章を読み、出来事の因果関係や時間的な流れを追う
- 物語を組み立てたり、説明書を読んで組み立てたりする
- 目標達成のために計画を立て、段階的に実行する
など、多くの場面でこの順序立てて考える力が基盤となります。
楽器学習が順序立てて考える力を育むメカニズム
楽器学習において、順序立てて考える力はどのように鍛えられるのでしょうか。その鍵は、楽譜の読解と実際の演奏という一連のプロセスにあります。
1. 楽譜の読解と脳内の順序処理
楽譜には、音の高さ、長さ、強弱、速度など、多くの情報が記号として表現されています。これらの記号は、ある特定の時間軸に沿って配置されています。楽譜を読む際には、まずこれらの記号一つ一つを認識し、それがどのような「音」や「演奏指示」を意味するのかを理解する必要があります。そして、さらに重要なのは、これらの情報が左から右へ、あるいは上から下へと流れる「時間的な順序」を持っていることを理解し、その順序通りに脳内で音や指示の列を構成することです。
このプロセスは、単語を組み合わせて文の意味を理解したり、数字の列を処理して計算したりするのと似ています。視覚的に与えられた情報を時間軸に沿った順序として脳内で再構築する、この訓練が脳の順序処理能力を高めるのです。
2. 演奏における運動と感覚の順序連携
楽譜で理解した順序を実際の演奏として表現する際には、さらに複雑な順序処理が必要となります。例えばピアノを演奏する場合、楽譜の特定の音符に対し、対応する鍵盤を正しいタイミングで、正しい強さで押す必要があります。これは、視覚情報(楽譜)→認知(音の理解、指の決定)→運動指令(指の動き)という一連の流れを、絶えず時間的な順序を意識しながら実行するプロセスです。
さらに、複数の指や両手を使う楽器では、それぞれの指の動きや手の役割を、全体の中で正しい順序とタイミングで協調させる必要があります。これは、同時に進行する複数の順序(右手、左手、ペダルなど)を並行して処理し、それらを統合するという、より高度な順序処理能力が求められる活動です。
3. 脳の関連領域の活性化と連携
これらの楽器学習プロセスは、脳の複数の領域を活性化し、それらの連携を強化することが示されています。順序処理には、主に以下のような脳領域が関与しています。
- 前頭前野: 目標設定、計画立案、注意の維持、ルールの適用など、複雑な順序立った行動を制御する上で中心的な役割を果たします。楽器演奏における楽譜の解釈、演奏計画の実行、エラー修正などは、この領域の活動を強く促します。
- 頭頂葉: 空間情報の処理や感覚情報の統合に関わります。楽譜上での音符の位置関係の把握や、楽器の物理的な配置、指の動きと鍵盤(または弦、バルブなど)の位置関係の処理に重要な役割を果たします。特に、楽譜の視覚情報と身体の運動を時間的な順序で統合する際に連携が強まります。
- 側頭葉(特に聴覚野): 音の情報を処理します。演奏する音の高さやリズムを認識し、それが楽譜の情報と合っているか、あるいは次にどのような音を出すべきかを判断する上で不可欠です。聴覚野は、音の時間的な順序やパターンを認識する上でも重要な役割を担います。
- 小脳: 運動の協調性やタイミングの調整に関与しますが、最近の研究では認知機能、特に順序処理や予測にも関わることが示唆されています。楽器演奏における滑らかな指の動きや、次に起こるべき音や動きを予測する機能に関わります。
これらの脳領域が、楽器学習を通して視覚、聴覚、運動といった異なる種類の情報を、時間的な順序に沿って統合処理する訓練を繰り返し行うことで、順序立てて考える能力を支える神経ネットワークが強化されると考えられています。
子供の脳発達と順序処理能力
小学校低学年の時期は、脳、特に前頭前野が発達の途上にあり、論理的思考や計画性といった高次認知機能の基礎が築かれる重要な時期です。この時期に楽器学習を通じて、視覚情報(楽譜)、聴覚情報(音)、運動情報(演奏動作)を統合し、時間的な順序を意識しながら処理する経験を積むことは、順序立てて考える力を効果的に育むことに繋がります。
複数の研究(例:音楽学習と認知能力に関する縦断研究)では、幼少期からの楽器学習経験が、後の言語能力(特に構文理解)、読解力、数学的思考力といった、順序処理能力が重要な役割を果たす分野の学力と関連があることが示唆されています。これは、楽器学習で培われた順序処理のスキルが、学習の他の側面に応用されている可能性を示しています。
まとめ
楽器学習は、単に音楽を楽しむ能力や演奏スキルを身につけるだけでなく、脳の多様な機能を活性化し、特に「順序立てて考える力」という、学習や日常生活の多くの場面で基盤となる重要な認知能力を育むことが脳科学的に裏付けられています。楽譜を読み、それを時間的な順序に沿った音や動きに変換し、さらに複数の要素を同時に連携させるという複雑なプロセスは、脳の順序処理に関わる領域とそのネットワークを効果的に訓練します。
お子様の習い事として楽器を検討される際には、このような脳機能の発達への貢献、特に論理的な思考や問題解決の基礎となる順序立てて考える力の育成という側面にも着目されてみてはいかがでしょうか。